まりな先生が書いた短編作品のページです。お暇な時にどうぞ!!


まだ書きかけ。ですがどうぞ。感想もお待ちしております!
 




Here I Am

チャッピーはずっとひとりで暮らしていました。
生まれて3ヶ月くらいからずっとひとりです。

ひとりで生きていくことは容易ではありません。

誰かに見つかったらどこかへ連れていかれるかもしれません。

誰かにいじめられるかもしれません。

同じ野良犬に喧嘩を売られるかもしれません。

 

だからチャッピーは生きるための知恵として、

こっそり目立たずに暮らす天才だったのです。


もちろん、そんなチャッピーには犬の友達も人間の友達もいません。

ずっとひとりです。

 

時々、自分と同じくらいの年齢の野良犬を見かけることもありました。
最初のうちは慌てて草陰に隠れていました。

見つかったら何をされるかわからないから。

 

その数年経つと、生きる知恵が天才的に上手くなったのか、

そのうち見つかりそうになっても、

誰もチャッピーに気が付かなくなりました。

だから危険な思いや辛い思いをすることもなく、

チャッピーは痩せているけれど

ずっと元気に暮らせていたのです。

 

けれど同時にチャッピーは大切なものを失っていたのです。

それは感情というものです。

 

ひとりは気楽

ひとりは安全

ひとりだから傷つかない

誰にも気にかけてもらうこともなく過ごす

だから誰かに気を使うこちおもなければ、泣くこともないし、

笑うこともなければ、怒ることもありません。

だからチャッピーは尻尾を振ることも下げることも

ありませんでした。

 

 

 

少し坂を降りると、賑やかな商店街があります。
チャッピーはお腹が空くと、そこへ行って食べ物を探しました。

ガリガリに痩せているとはいえ、
それなりに大きな犬が、
商店街の裏道やゴミ置き場をうろうろしていたら、
誰かしら捕まえるはずなのに。
チャッピーは一度も捕まったことがありませんでした。

やはりチャッピーはニンジャばりの天才なのかもしれません、ニンニン。

 

ある日、チャッピーは
大きなショーウインドウのあるお店の前を通りかかりました。

そのガラスには、
道ゆく人間たちが騒々しく映り込んでいます。

少し窮屈そうな赤い服を着たマルチーズが、

綺麗なご婦人に連れられてお散歩していました。
ショーウインドウには、
ご婦人もマルチーズも変な服も、はっきり映っています。

 

チャッピーはそれをじっと見つめて、
ふと思いました。

 

「僕は。どんな顔なんだろう」

 

そう思って、恐る恐るショーウインドウを覗き込みました。
けれどそこには、何も映っていませんでした。

 

あれ?
僕が映らない。

 

チャッピーは、ぴょんと跳ねたり、
首を傾げたり、座ったり、尻尾を振ったり、
いろんなポーズをとってみました。

それでも、やっぱり
ガラスの向こうには何も映らないのです。

「僕は透明犬?」

(だから、誰も僕に気づかないのかな?)

そう思った瞬間、
チャッピーの胸がぎゅっと苦しくなりました。

こんな思いをしたことは今までありません。

ほんとうに孤独の闇がチャッピーの全身を襲ったのです。

やっと感情が戻ってきたのかもしれません。

 

どうして僕はひとりぼっちなんだろう。

マルチーズは綺麗なご婦人に可愛がられて

変な服を着ていたぞ。

 

僕は一緒に歩いてくれる人もいなければ、

変な服も持っていない。

 

その夜、チャッピーは商店街の裏で、
段ボールにくるまって眠りました。

夢の中でも、
チャッピーはずっと透明のままで、
誰に呼ばれることもなく、
誰に触れられることもなく、
ただ歩き続けていました。

 

朝、商店街のシャッターが上がる音が

響き渡る頃。

小さな声が聞こえてきました。

 

「いた」

 

とても小さくて、
とても弱い声でした。

「いた」

チャッピーは目を覚ましました。

 

その目の前に、しゃがみこんで、チャッピーを見つめる
小さな女の子がいました。

 

その女の子はまっすぐにチャッピーを見て

「ここに、いたね」

 

チャッピーは、びっくりして後ずさりました。


目の前にいるこの子は、
ちゃんとチャッピーを「見て」います。

女の子はそっと手を伸ばしました。

あたたかい手がチャッピーの頭に触れました。

その瞬間、ずっと感じたことのなかった、
「重さ」みたいなものが、胸いっぱいに広がりました。

 

 

女の子は、にっこり笑いました。

「チャッピーって呼んでいい?」

チャッピーは初めて、
しっぽを大きく振りました。

透明じゃない。
ひとりじゃない。

チャッピーは女の子の指先のぬくもりを、じっと感じていました。
あたたかい。
ちゃんと触れている。


チャッピーは女の子を見上げました。

「ねえどうして君には僕が見えるの?」

もちろん、声には出ません。
けれど女の子は、まるで聞こえたみたいに、
少しだけ首をかしげて、こう言いました。

 

「だって、あなた、ちゃんとここにいるって言ってるもの」

 

チャッピーは、きょとんとしました。

 

女の子は商店街のはずれにある、小さな空き地にチャッピーを連れて行きました。
そこには壊れかけのベンチと、
誰も手入れをしなくなった花壇がありました。

女の子はそのベンチに座り、
チャッピーの隣にちょこんと腰を下ろします。

「わたしね、見えないものが見えるの」

 

女の子は、チャッピーの目をまっすぐ見つめました。

 

「あなたはね、最初から、ずっとここにいたよ。
ただ、あなたは自分の気配を消した。

そしてみんながあなたを見ようとしなくなった」

その瞬間、チャッピーは初めて自分が透明だった理由を理解しました。

 

チャッピーは誰にも見つけてもらおうとしなかった。
誰にも期待しないように、
誰にも迷惑をかけないように、
いつの間にか
“見えなくなること”を自分で選んでいたのです。

見えなければ、傷つかない。
見えなければ、追い払われない。
見えなければ、失うこともない。

そうやって、
チャッピーは自分を少しずつ、
世界から消していったのです。

 

でもこの女の子は、いなくなったふりをしている存在も、
ちゃんと見える子だったのです。

 

女の子はそっと言いました。

「透明になっちゃダメだよ。いなくなったフリをしちゃダメ。
生きてるなら、‘Here I Am’って言っていいんだよ」

チャッピーの胸が、どくんと大きく鳴りました。

 

その瞬間。

チャッピーの体に、すうっと重さが戻ってきました。

コンクリートの冷たさ。
風の匂い。
自分の足の感触。

世界がまたチャッピーを受け止め始めたのです。

 

通りがかりの人が、足を止めました。

「あら、犬?」

 

別の誰かが言いました。

「こんなところに、こんな犬、いたっけ?」

 

チャッピーは、びっくりして女の子を見ると、
女の子は、少しだけ照れくさそうに笑いました。

「ほら。もう、みんなにも見えてる」

チャッピーのしっぽは、ぶんぶんぶんと止まらなくなりました。

透明じゃない。
ひとりじゃない。
逃げなくていい。

チャッピーは胸いっぱいの声で、
初めて“世界に向かって”そう言いました。

 

Here I am。ぼくは、ここにいる。

 

女の子は静かにうなずきました。

「うん。ちゃんと、いるね」

 

そのときから
チャッピーはもう、透明になることはありませんでした。

見えることは、
傷つくことでもあり、
失うことでもあり、
でも同時に「つながる」
ということでもあるのだと、
チャッピーは初めて知ったのです。

そして今日も、
商店街のどこかで、
チャッピーは胸を張って、立っています。

可愛いふりも、かっこいいふりもしません。
ちょっと歪んでいて、
ちょっと不安そうで、
でもとても正直な目をしています。

少し不器用で
少し臆病。
でも確かに

Here I am。

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